奈良観光スポットのご案内

奈良山の辺の道・ハイキングコース

山の辺の道について

○ 山の辺の道とは

山の辺の道は日本書紀には存在が確認されている日本最古の官道”です。
奈良県は地質学的に海→湖→奈良盆地となったことが知られていますが、奈良県が湖だった時代に湖のほとりに自然に発生した道と考えられています。山の辺の道が注目を集めだしたのはここ数十年のあいだのことです。厳密には現在の”山の辺の道は”古代からとコースが異なるようです。歴史上では日本書紀に”山の辺の道”も記述が見られるで少なくとも1300年以上の歴史があるということになります。

○ 山の辺の道(石上神宮→大神神社コース)が親しまれている理由

1. 距離がちょうど良い。(ゆっくり歩いて1日で回れるコース)
2. 随所に道案内があり地図,ガイドマップが無くても回れます。
3. 案内板も豊富ガイドブック無しでも奈良観光旅行が楽しめます。
4. 随所にトイレ休憩所(トレイル青垣ではシャワーも可)がある。
5. いつでもリタイアできる。1kmほど西に歩くと国道169号に出ます。路線バス(奈良交通)で天理または桜井駅まで行けます。駅からの日帰り 奈良観光旅行が可能。体力に自信の無い方でも安心してハイキング楽しめます。
6. 万葉の時代からの有名な人の詠んだ・書いた歌の石碑が多数あり。(30個以上あります。探してみてください。) 歌人・筆者:柿本人麻呂,額田王,川端康成,武者小路実篤,天智天皇.etc

山の辺の道おすすめスポット

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龍王山~山の辺の道サイクリングコース・古墳案内
北山の辺の道
石上神宮
長岳寺
黒塚古墳
箸墓古墳
大神神社
・Google Mapでナビも楽々天理の古墳ナビ
(古墳は、案内表示がなかったり、山の中、草叢の中にあるので場所がわかりにくいです。ナビがあると便利ですよ)

地図から選ぶ~山の辺の道マップ簡略版

山の辺の道マップ簡略版
吉本サイクル 天理教本部 石上神宮 内山永久寺跡 天理観光農園 東乗鞍古墳 西乗鞍古墳 夜都伎神社 波多古塚古墳 みちふく 竹内環濠集落 弓月庵 萱生環濠集落 東殿塚古墳 西山塚古墳 西殿塚古墳 黒塚古墳 念仏寺 中山大塚古墳 長岳寺 青垣トレイルセンター 龍王山 千古 崇神天皇陵 櫛山古墳 伊射那岐神社 景行天皇陵 珠城山古墳群 笠山三宝荒神 兵主神社 相撲神社 卑弥呼庵 箸墓古墳 檜原神社 檜原御休処 玄賓庵 狭井神社 大神神社 平等寺 金屋の石仏 纒向石塚古墳 桜井埋蔵文化財センター 天理ダム 石上神社 大親寺 大国見山 ビジネス旅館やまべ

山の辺の道観光スポット

このページでは、東海自然歩道”である山の辺の道(奈良市街から桜井駅まで)のうち駅からのハイキングコースとして人気がある石上神宮→大神神社のマップ・地図案内をします。

距離はビジネス旅館やまべからの概算の距離です。(若干の誤差があります。) 

括弧内スポットは山の辺の道から少し外れたところにあります。)

山の辺の道へのアクセスは奈良のビジネスホテル ビジネス旅館やまべが近くて便利です。

ビジネス旅館やまべ

スタート地点です。食事処が少ないのでお弁当をお忘れなく。

吉本サイクル

距離:300m
住所・TEL:0743-63-1127 奈良県天理市川原城町842
コメント:天理駅から一番近い自転車屋さんです。レンタサイクルができます。乗り捨ても可能です。JR天理駅と近鉄天理駅の改札の間のガード下をくぐったら目の前にあります。山の辺の道自体は石畳や階段があるため自転車での移動は難しいですが迂回ルートおを書いたの案内マップをもらえます。

天理教本部

距離:0.8km
アクセス:天理駅から改札口を出てまっすぐ進みます。アーケード商店街(天理本通り)を歩いた終点左手に天理教本部があります。
コメント:天理市に初めて来られた方は、本通りを歩いている天理教の”はっぴ”を来た人々や、天理教の建物の多さ,大きさに圧倒されることでしょう。天理教本部はその中でもっともスケールが大きいです。また天理教本部の入り口となる大鳥居(黒門)は高さが15mもあります。天理教本部の建物の中は、信者の方でなくても無料で入ることができます。建物の中央部には”甘露台”というシンボルがあり信者はそちらに向かって参拝されています。1月にはおせち会と言って天理教本部に飾られたお餅が雑煮として無料でふるまわれます。奈良マラソンの折り返し点も天理教本部前となります。

天理教本部写真

天理参考館

距離:0.8km
天理教本部の立っている場所は、”布留遺跡”という考古学的にとても重要な遺跡があったところです。布留遺跡から出土した”布留式土器”は出土した土器から年代を推定するための基準になるようなものです。天理参考館には、布留遺跡から出土した出土物のほかに、アジアの民俗学の貴重な資料も展示されています。

天理参考館

石上神宮

距離:1.2km
住所・TEL:0743-62-0900 奈良県天理市布留町 石上神宮
コメント:700年以上前崇神天皇御代の頃からといわれている日本最古の神社です。同じく日本最古の神社大神神社と比べるとこじんまりして落ち着いた雰囲気です。境内は神の使いとされる野生化した鶏が走り回っています。春には石上神宮外苑で天理桜祭りが開催され夜桜を楽しむことができるお勧め桜スポット。山の辺の道の中継点として境内から山の辺の道が伸びています。物部氏の武器庫としても有名です。石上神宮神庫に収められている七支刀は鹿の角の形をした刀で、4世紀に百済から送られたといわれています。この七支刀には銘文が刻まれており、その内容は古事記や日本書紀年代などを解明する重要な鍵になりました。以前の石上神宮は本殿が無く拝殿の向こうは禁足地になっていました。明治時代に政府の許可を得て禁足地の調査をしたところ玉や武具など沢山の国宝級出土がでできました。日本最古の神社だけに今後も新たな発見があるも知れません。
石上神宮鏡池馬魚の伝説:南北朝時代後醍醐天皇が吉野に逃れるとき、馬がいな鳴いて敵に見つかるのを怖れて首を切り落としました。それが馬魚になった。といわれています。馬魚は天然記念物に指定されています。
> 石上神宮詳細

石上神宮の楼門

石上神宮境内の鶏

内山永久寺跡

距離:2km
住所・TEL: 0743-63-1001(天理市商工観光課)・奈良県天理市杣之内町
コメント: 現在は建物は無く山の辺の道沿い石碑が田んぼの中にあります。建物の一部は石上神宮に移されました。池の近くに松尾芭蕉の歌の石碑”内山や とざましらずの 花盛り”と桜が植えられています。静かに桜を楽しみたいならここがお勧め。

内山永久寺の桜

内山永久寺の芭蕉の歌碑

天地観光農園

距離:2km
住所・TEL: 0743-66-1663・ 奈良県天理市園原町183 天理観光農園峠茶屋
コメント: 石上神宮から桜井方面に向かう途中にあります。たけのこ,しいたけ、みかん、柿、栗などの味覚狩りが楽しめます。峠の茶屋で楽しめる”栗もち”を食べると、恋しい人との再会出来ると万葉集の中に記述があります。きじ料理やバーベキューを楽しめるほか、店の入り口には無人販売所もあります。山の辺の道ハイキングの休憩場所にお勧めです。
天理観光農園料金案内:みかん狩り、740円バーベキュー(2000、3000円、要予約)5人前以上なら粟のもちつき+みかん狩りセット(大人975円、子供885円) *みかん狩りは2006年10月10日より開始します。(栗,柿も同時に楽しめます。)

天理観光農園峠の茶屋(飲食店)

天理観光農園(果物狩り)

東乗鞍古墳

距離:3km
住所・TEL: 奈良県天理市杣之内町乗鞍乙木町北山
コメント: 山の辺の道は天理観光農園を出た後、広い舗装道路に出て、水田に囲まれた細い径に入っていきます。東乗鞍古墳は水田に囲まれた径から100m先の右手に見える柿畑と竹藪畑の中にあります。古墳時代の後期に作られたといわれています。案内表示は全くありません。7Omほどの前方後円墳で、九州の阿蘇山からとれる凝灰岩(通称ピンク石)の石棺と石室を見学することができます。石室の場所はは少しわかりにくいですが、柿畑と竹藪の境界を目指して歩き、竹藪側に20mほど進んだところにあります。石室の入り口は狭いですが中は広くなっています。

東乗鞍古墳(柿畑-後円部,竹藪-前方部)

東乗鞍古墳の石室と石棺

西乗鞍古墳

距離:3km
住所・TEL: 奈良県天理市杣之内町乗鞍乙木町北山
コメント: 東乗鞍古墳の西側にあります。山の辺の道からは少しは外れていますが、親里ホッケー場の隣で場所はわかりやすいです。以前は墳丘部が公園となっており誰でも入ることができましたが、2013年現在ペット用の霊園の会社が管理しており古墳の中に立ち入ることはできません。墳丘全体に桜の木が植えられており、隠れた桜スポットです。親里ホッケー場側にそのまま200mほど歩いてゆくと夜都伎神社の二の鳥居があり山の辺の道に戻ることができます。

西乗鞍古墳の桜

夜都岐神社(よとぎ)

距離:3.5km
住所・TEL:奈良県天理市乙木町
コメント: この神社の読み方、由来は色々な説があり本当のところはよくわかりません。こじんまりした神社でもともと古墳のあったところ(宮山古墳)が神社となっています。春日大社とゆかりが深く社殿は春日大社からの茅葺屋根の建物です。言い伝えでは当社の東方に「鹿足石」という石があり武甕槌神が春日影向の途中に、立ち寄った時の神鹿の足跡で、その傍らに、武甕槌神が休息した乙女の松があるといいます。

夜都伎神社拝殿

竹之内環濠集落

距離: 4km
住所・TEL:奈良県天理市竹之内町
コメント: 南北朝の戦国時代、自衛のため集落の周りの溝の内外を土塁により盛り上げ、 さらに外側には竹を植えました。 現在はその名残が少し残っている程度です。濠は公民館左手側にあり少し見えにくくなっています。

竹ノ内環濠集落

茶房 みちふく

距離: 4km
アクセス:竹ノ内環濠集落の舗装道路を過ぎ、柿や梅畑のあるあぜ道に入って数百m先右手の民家風の建物の軒先に”みちふく”があります。
コメント:飲食店が少ない中軽い定食を食べることができる貴重なお食事処です。Menuは(食事)そば、そうめん、おにぎり、コーヒー、ビール、梅酒、カルピス、わらびもち、くずきりetc.

茶房 みちふく

茶房 みちふくメニュー

茶がゆ 弓月庵

距離: 4km
アクセス連絡先:竹ノ内環濠集落の舗装道路を過ぎ、柿や梅畑のあるあぜ道に入って数百m先左手(みちふくの反対側)にあります。 0743-67-2588
コメント:茶がゆの店要予約とあります。実際どんな料理が出るかよく知りませんが、趣きのある建物です。

茶がゆ弓月庵

波多古塚古墳

距離: 4km
アクセス:弓月庵の反対側に看板があります。
コメント:山の辺の道沿い梅林の向こうに見えます。全長144mの前方後円墳”特殊器台埴輪”(埴輪の原型),濠の跡、埴輪も多量に見つかっていいます。3世紀後半古墳時代初期の大型古墳です。梅の季節にはきれいに見えます。波多古塚古墳の西側の径を下っていくといくつか古墳が固まってあります。

波多古塚古墳と梅の花

萱生環濠集落

距離: 4.1km
アクセス:波多古塚古墳の横の未舗装道からすぐ舗装道路になり集落が見えます。集落の入り口が萱生環濠集落です。
コメント:竹ノ内環濠集落と同じく南北朝の戦国時代、自衛のため集落の周りの溝の内外を土塁により盛り上げ、 さらに外側には竹を植えました。 現在はその名残が少し残っている程度です。

萱生環濠集落

西山塚古墳

距離: 4.2km
アクセス:萱生集落に入ってすぐ右手のみかん畑が西山塚古墳です。
コメント:宮内庁の区分では衾田陵は、西殿塚古墳とされていますが、本当の衾田陵はこの西山塚古墳と考えられます。説明は山の辺の道古墳案内西山塚古墳

西山塚古墳

西殿塚古墳 衾田陵

距離: 4.4km
アクセス:西山塚古墳を過ぎると左手方向に”衾田陵”の看板が見えます。山の辺の道からそれて坂道を100mほど登ったところにあります。
コメント:宮内庁では手白香皇女(継体天皇の妻)の墓として管理されています。全長が200mを超える非常に大きな古墳ですが道がわかりにくいせいかここまで来られる観光客は少ないです。考古学的には、この古墳が手白香皇女(継体天皇の妻)の墓ではないことはほぼ確実ですが、実際に誰の墓なのかというのは崇神天皇とか卑弥呼の次の代”台与”とか説が分かれるようです。いずれにしても大王級の重要人物の墓と思われます。

西殿塚古墳(遠景)

西殿塚古墳(宮内庁管理)

東殿塚古墳

距離: 4.5km
アクセス:西殿塚古墳からさらに急な坂を上ると左側に細長い濠があります。東殿塚古墳は道を挟んで濠の反対側の柿畑です。
コメント:全長130m超えの大きな古墳ですが近くから見ると古墳であることさえ気づきません。墳丘が低いらか自然の地形を利用しているからでしょうか?誰のお墓か不明ですが”鰭付円筒埴輪”という特殊な埴輪が出土しその表面に”船の絵”が書いてあったということですから海運を含め非常に交易に優れた人だったかもしれません。それにしてもこんな山の上から船の絵の埴輪が出土するのも面白ですね。ここからの見晴しは非常によく、大和平野や大和三山を一望できます。

東殿塚古墳(道の左側)

念仏寺

距離: 5km
アクセス:萱生集落を抜けお墓(お墓も燈籠山古墳の上に立っています)を通り過ぎたところ右手にあります。
コメント:お寺のお堂自体は新しい小さなお寺です。何度も消失しているらしいですがお寺は行基が開いたとのことです。また向かいの燈籠山古墳の墓の中には”坂上田村麻呂の墓”もあるそうでお寺の歴史自体は古いようです。お寺の向いには六地蔵がおられ観光客を迎えてくれます。

念仏寺お堂

念仏寺六地蔵

中山大塚古墳(大和神社お旅処)

距離: 5.5km
住所・TEL:奈良県天理市中山町大和神社お旅所
コメント:出土物から箸塚古墳に次ぐ古さと考えられる前方後円墳です。中山大塚古墳の一部 が削り造られた大和神社のお旅処の祠があります。大和神社はそこから0.5kmほど西に行ったところにあります。 ここは大和神社、山の辺の道出張所といった感じです。山の辺の道は古墳の墳丘の前方部の上を通ります。近くにトイレがあります。

中山大塚古墳前方部から見る紅葉

中山大塚古墳後円部

柿本人麻呂碑

距離: 5.6km
住所・TEL:奈良県天理市中山町
コメント:山の辺の道には和歌や短歌の書かれた石碑がたくさんありますが、中山大塚古墳下にあるこの柿本人麻呂碑は山の辺の道で一番有名な歌碑と言っても過言ではありません。観光案内で山の辺の道のの紹介で最もよく用いられる写真の一つです。歌聖と呼ばれる”柿本人麻呂”の歌だから?歌の情景と周りに風景がマッチングするから?本当の理由はよくわかりませんが観光客が写真を撮ったり弁当を食べたりにぎやかなポイントの一つです。肝心の歌碑の中身は、”衾路を 引手の山に 妹を置きて 山路を行けば 生けりともなし””家に来て  わが家を見れば  玉床の  外を向きけり  妹の木枕”意味は柿本人麻呂の妻の亡骸を龍王山に葬り引手の山(龍王山)に妻を置いて山道を帰ると生きた心地がしない。家に帰ってわが家の寝床を見ると妻の木枕が外を向いていた。といったところでしょうか。ご存じのとおり柿本人麻呂は謎の多い人物ですが北山の辺の道の近く和邇下神社の近くに柿本人麻呂をまつった”柿本寺跡”があります。

柿本人麻呂歌碑と龍王山

長岳寺

距離: 6.5km
住所・TEL:奈良県天理市柳本町508長岳寺・0743-66-1051
コメント:弘法大師が建てたとされるお寺です。当時はとても大きなお寺だったようで1kmほど離れた上ッ道沿いにも長岳寺五智堂という建物があります。現在は関西花の寺として平戸つつじやカキツバタの季節紅葉の季節が見頃です。本尊の阿弥陀如来という仏像は玉眼(目に水晶が入った)の日本で一番古い部仏像です。紅葉の季節には普段公開されない”狩野山楽”の地獄絵が公開されます。また9月15-16日には柳本地域一帯でライトアップのイベント(千灯会)が開催されます。
長岳寺詳細

長岳寺楼門とカキツバタ

長岳寺山門平戸つつじ

トレイル青垣(天理市トレイルセンター)

距離:6.5km
住所・TEL:奈良県天理市柳本町577-1トレイル青垣・ 0743-67-3810
コメント:長岳寺の駐車場横にあるトレイル青垣は、黒塚古墳など山の辺の道周辺の史跡を紹介。また、散策の中継地点として、休憩施設になっています。トレイル青垣内庭園では、水琴窟がありハイキングの疲れを癒してくれます。(8:30~17:00)

トレイル青垣

そば処 千古

距離: 6.6km
住所・TEL:奈良県天理市柳本町589−1・ 0743-67-3318
コメント:長岳寺から坂道を降りたところにあります。信州そばを手打ちで出すお店です。(予算650~1500円)

そば処千古

黒塚古墳 資料館

距離:(6.5km)
住所・TEL:奈良県天理市柳本町1118-2 黒塚古墳資料館・0743-67-3210 
コメント:長岳寺の坂を下りると石畳の広い道に出ます。左折すれば崇神天皇陵を通る山の辺の道になりますがこの道を右折し柳本駅方面に向かいます。黒塚古墳は公園に整備されており墳丘に上ることができます。すぐ側に、天理市立黒塚 古墳展示館があり、出土した鏡群(レプリカ)や石室内の実物大復元模型が製作されていています。近辺の古墳の発 掘状況やいろんな情報をパネルにしたものも多数展示されていて、まさしく展示館です。これで入場料無料はお得です。黒塚古墳は一般の方にはマイナーな古墳ですが、考古学ファンには重要な意味を持つ古墳です。”三角縁神獣鏡”という特殊な鏡が出土したのです。出土した当時は、邪馬台国の鏡と関連付けて考えられましたが今はあまり関係ないという考え方が主流のようです。”邪馬台国大和説”に関しては、最近立ち入りが禁止されている箸墓古墳の調査が行わたり、纏向遺跡で巨大な住居跡が見つかったりして論争が再び盛り上がってきています。こちらの資料は箸墓古墳近くの桜井埋蔵物センターで展示されています。

黒塚古墳

黒塚古墳資料館

三角縁神獣鏡

復元石室

伊射那岐神社(天神山古墳)

距離:6.5km
住所・TEL:奈良県天理市柳本町神山
コメント:山の辺の道を少し外れ、国道169号線沿いトレイル青垣の西側にあります。神話で有名ないざなぎの尊をまつる神社で菅原道真も祭られています。神社の裏手は古墳となっています。 普段はひっそりしています。梅の季節がおすすめです。

伊射那岐神社と梅の花

崇神天皇陵

距離: 6.8km
住所・TEL:奈良県天理市柳本町 崇神天皇陵
コメント:全長240mの壮大な前方後円墳で崇神天皇陵から景行天皇陵までは大小20近くの古墳が集まっています。小高い丘になっているので香具山,畝傍山が見渡せます。絶景ポイントです! 実在したとすれば崇神天皇は3世紀後半から4世紀の頃と考えられおり、それ以前の天皇が葛城山のふもとに都を構えたのに対し初めて、三輪の磯城端籬宮に都を構えたとされています。「古事記によると」崇神天皇の時代に疫病が蔓延していたが、夢枕に大物主神が、三輪山に大物主神を祭れば国が平安になるといったことが遷都のきっかけになったとしています。

崇神天皇陵

崇神天皇陵からみる大和三山の眺め(みぎから畝傍山,耳成山、天香久山)

櫛山古墳

距離: 6.8km
住所・TEL:奈良県天理市柳本町
コメント:崇神天皇陵の山の辺の道を挟んで反対側にあります。全長160mを超える大きな古墳なのですが隣に崇神天皇陵という巨大有名古墳があるので気づくことなく通り過ぎる観光客もたくさんおられます。誰が埋葬されているのかわかりませんが、中円双方墳(両端に方墳、真ん中に円墳)という特殊な形をしています。1900年以降の発掘で中円部の石室と、後方部に祭祀跡が見つかったそうです。

櫛山古墳

景行天皇陵

距離:7.0km
住所・TEL:奈良県天理市渋谷町 景行天皇陵
コメント:景行天皇陵柳本古墳群の中では最大全長300mで日本でも7番目の大きさの古墳です。景行天皇は崇神天皇の孫といわれており、天理市の最南端山の辺の道沿いにあります。考古学的には景行天皇陵と崇神天皇陵は実際のところどちらがどちかかわからないようです。明治時代以前はここが崇神天皇陵といわれていました。

景行天皇陵

卑弥呼庵

距離: 7.0km
住所・TEL:奈良県天理市柳本町2994・0743-66-0562 
コメント:崇神天皇陵から景行天皇陵に向かう途中に山手側に卑弥呼庵の案内表示があります。案内表示から100mちょっとで卑弥呼庵につきます。民家風の建物で抹茶とコーヒーが楽しめます。

卑弥呼庵

龍王山

距離:10.0km
住所・TEL:長岳寺の横からのコースと崇神天皇陵を超えた左手からのコースと2本あり。
コメント:山の辺の道(天理から桜井)はご高齢の方や、普段運動されない方には1日コースとしてちょうどよいでしょうが、普段から運動される方には少し物足りない(歩き足りない)かもしれません。そのような方にお勧めなのが龍王山~笠山三宝荒神コースです。笠山荒神からは巻向山横を通って檜原神社で合流できます。標高が500mちょっとなのでプチ登山気分も味わえます。途中は10000以上あるといわれる龍王山古墳群の石室を見ることができます。また龍王山からの見晴は抜群です。
龍王山詳細

龍王山からの眺望(二上山とTWIN21)

龍王山古墳群

笠山三宝荒神

距離:13.0km
住所・TEL:奈良県桜井市笠・ 0744-48-8312
コメント:せっかく龍王山まで登ったらついでに荒神さんにお参りするのもよいかもしれません。龍王山から藤井町方面を抜けしばらくすると右手に参道入り口があります。日本三大荒神の一つとされています。神社の向かいにそば屋さんがあります。また、笠山三宝荒神社の下には、空海が高野山を改ざんする前に修行したといわれる閼伽井の池があり不動明王と龍神が祀られています。

笠山三宝荒神 > 笠山荒神詳細

珠城山古墳群

距離:8.0km
アクセス:景行天皇陵からみかん園を抜けたところで山の辺の道を外れ右手に少し言った小高い丘の上にあります。
コメント:三基古墳が並んでいる内の一基の古墳は石室を見学することができます。石棺と多くの副葬品が出土しました。石棺と副葬物は、橿原考古学博物館で見ることができます。

珠城山古墳群石室

珠城山古墳群

箸墓古墳・ホケノ山古墳

距離:8.5km
アクセス:珠城山古墳群から国道169号に出て少し南に行ったところ(大きいのですぐにわかります)
コメント:宮内庁では、孝霊天皇の皇女”倭迹迹日百襲姫命”の墓とされています。”倭迹迹日百襲姫命”に関しては日本書紀に次のような話があります。

★箸墓古墳の名の由来:”倭迹迹日百襲姫命”は大物主神の妻となりましたがその姿が夜だけ見えて昼間は見えないことから、”倭迹迹日百襲姫命”が大物主神に明るくなってからもとどまってもらうようにお願いしたところ大物主神は次の日の朝、櫛笥の中を見るように言われてこれを見たことろ絹紐くらいの小蛇がいてこれが人の形となり恥ずかしがって御諸山に上ってしまいました。倭迹迹日百襲姫命はこれにショックを受け自分自身を箸で突いて死んでしまいました。箸で自殺したことから箸墓古墳といわれているようです。

★箸墓古墳の特徴:現在の長さは280mですが周辺の地形調査により当時はもう少し大きかったと考えられています。埴輪の原型の吉備系土器が見つかっていることからこの古墳は古墳時代の非常に初期の大規模な古墳です。箸墓古墳の後に続々と大規模な古墳が作られていることから古墳時代の幕開けとなる重要な古墳と考えられています。

★箸墓古墳は卑弥呼の墓か?:ここ数年”邪馬台国大和説”を支持する考古学ファンにはうれしいニュースが続いています。”今まで纒向遺跡には祭祀跡は見つかっているが住居跡が見つかっていなかった。→ 巻向駅の裏から住居跡が見つかった。”今までの調査では箸墓古墳の作られた年代が卑弥呼のの年代より新しい →箸墓古墳周辺の出土物の調査で卑弥呼の年代と同年代の可能性が出てきた。”その周辺の纒向勝山古墳、巻向石塚古墳、纒向矢塚古墳、ホケノ山古墳も3世紀前半~半ばと卑弥呼と同年代の可能性が出てきたということです。

箸墓古墳

ホケノ山古墳

箸墓古墳以外のおすすめは、ホケノ山古墳です。ホケノ山古墳は箸墓古墳を国道169号から一本東の筋を南に少し行ったところにあります。大神神社は、ホケノ山古墳を豊鍬入姫命(崇神天皇の皇女)としていますが、この古墳も最近の調査(C14)で卑弥呼の年代に近く、こちらを卑弥呼の墓という人や名前に”とよ”とつくことから卑弥呼の宋女”台与”という人もいます。纏向遺跡の資料は国道169号を南下した桜井埋蔵文化財センターに展示されています。

ホケノ山古墳

ホケノ山古墳出土物

桜井埋蔵文化財センター

距離:8.8km
アクセス:国道169号線沿い芝運動公園に隣接しています。
コメント:主に纏向遺跡の出土物、纒向遺跡住居跡復元模型などが展示されています。最近の箸墓古墳や纒向の古墳の再調査などで邪馬台国桜井説の議論が再燃しています。

桜井埋蔵文化財センター外観

纏向遺跡住居跡復元予想図

兵主神社

距離:8.0km
アクセス:景行天皇陵からみかん園を抜けたところで山の辺の道を外れ左手に坂道を上ったところにあります。
コメント:山の辺の道から少し外れているので訪れる人は少ないです。兵主神社は大きな神社です。
> 兵主神社詳細

兵主神社

相撲神社

相撲神社は、相撲発祥とされています 。一時は荒れ放題でしたが最近石碑やカタヤケシの土俵が復元が進むなど整備が進んでいるようです。
> 相撲神社詳細

相撲神社境内

檜原神社

距離:10km
住所・TEL:奈良県桜井市大字三輪字・檜原0744-45-2173
コメント:大神神社の摂社。大神神社と同様に三輪山を御神体としていましたが、現在は山中の磐座[いわくら]を御神体とすします。従って、拝殿も本殿もなく、独特の形をした三つ鳥居が立つだけ。付近は、天照大神が伊勢神宮に鎮座する前の宮があった笠縫邑[かさぬいむら]の伝承地で、元伊勢とも呼ばれる。境内からは正面に秀麗な二上山を望めます。茶店があります。

檜原神社

檜原神社から見る二上山

檜原御休処

【山の辺の道お勧め飲食店】(TEL0744-43-7633):
檜原神社の鳥居前にあります。石上神宮~大神神社の中間地点にありお食事に最適の場所にあります。気さくな女将さんが温かく迎えてくれます。本場三輪そうめんと炊き込みご飯のセットは1000円とお得。ここのお勧めは地元の特産品を使用していること。柿,みかん,ワラビもちのほか山椒,唐辛子かんぴょうや親戚の方が作られた地元のお酒も置いています。(夏場は梅酒,冬場は甘酒)。団体で座敷の予約もできます。

檜原御休処

檜原御処MENU

三輪の地酒

玄賓庵

距離:10.5km
住所・TEL:奈良県桜井市茅原377 ・0744-42-6447
コメント:能『三輪』の舞台となり、玄賓僧都が隠棲したと伝える庵。もと三輪山の檜原谷にあったが、明治の神仏分離で現在地に移されました。堂に藤原時代作の木造不動明王像(重要文化財)や玄賓像を祭っています。

玄賓庵本堂

玄賓庵不動明王

狭井神社

距離:10.8km
住所・TEL:奈良県桜井市三輪1422 ・0744-42-6633
コメント:大神神社のすぐ隣にあります。ここから出る水は甘くておいしいと評判です。境内では無料で飲めますが、持ち帰り用にペットボトルでの販売もしています。三輪山に上るのにここで受付をしてから上ります。9:00~14:00までに受付を済ませます。神聖な山なので写真を撮ってはいけないとか飲食をしてはいけないとかいくつかの決まり事があります。また、神聖な日(正月や大祭)にも上れません。

狭井神社拝殿

大神神社

距離:10.9km
住所・TEL:奈良県桜井市三輪 大神神社・0744-42-6633
コメント:大神神社は石上神宮と並んで日本最古の神社とされています。円錐形の三輪山をご神体として大物主を祭っている神社です。この神社は全国各地より参拝客が訪れ人気の高さがうかがえます。拝殿横には、”巳の神杉”があります。ここには神様の使いである、蛇が住んでいるとされお酒や卵が供えられています。

大神神社拝殿

巳の神杉: ワンカップのお酒や卵が供えられています。

平等寺

距離:11.2km
住所・TEL:奈良県桜井市三輪38 平等寺・0744-42-6033
コメント:大神神社南を100mほど行ったところにあります。平等寺は聖徳太子が永遠の平和を祈願する寺として創建されました。室町、江戸時代には醍醐寺三宝院、興福寺と深く関係し、修験道の霊地でもありました。明治維新になって、政府の廃仏毀釈(仏を廃し神を敬する)の令がきびしく、大神神社を統括してきた平等寺は、ことさらにそのあらしを強く受け、有名な金屋の石仏をはじめ61体にのぼる仏像が他所に運び出されました。現在は中に生身釈迦像がある二重塔が800年ぶりに再建されるなど復興が進んでいます。

平等寺二重塔

金屋の石仏

距離:11.5km
住所・TEL:奈良県桜井市金屋・0744-42-9111(桜井市観光協会)
コメント:金屋の村外れにある収蔵庫に蔵められている2体の石仏で右が釈迦左が弥勒と書かれています。いずれも高さ2.14m、幅83.5cm、厚さ21.2cmの2枚の泥板岩(石棺の蓋)に釈迦如来像、弥勒菩薩像が浮き彫りにされている。平安後期~鎌倉期の作。ここでの見どころはそれだけではありません。石仏のおさめられている建物の軒下をのぞいてみてください。無造作に置かれた石の塊これはなんと古墳の石棺だそうです。しかもその石が九州阿蘇の凝灰岩(阿蘇のピンク石)というから驚きです。

金屋石仏

金屋石仏下の石棺